Everytime I miss you.

君と飲むコ-ヒ-に砂糖はいらないね

若手俳優おたくの存在価値のはなし

 

超久しぶりに文字を書きたくなったから最近の疑問を書きます。最近、毎回おたくと話すたびに思う。


若手俳優のおたくって自分の存在価値0ってかむしろマイナスに見がちじゃない?と。

みんな口を揃えて言う

 

推しは私が居ても居なくても支障ない
私なんかが応援してるのが申し訳ない
自分がファン辞めても推しは悲しまない

 

私が応援してて良かったでしょ?!?!
くらい思う人はいないのかと。

 

まぁいないですよね。
ぶっちゃけ私も思う。思うけど私が友達を見てる分には絶対お前の存在価値0じゃないぞ、むしろ大切にされてるぞ、と思う。

 

なんでおたくは自分には存在価値が無いと思い込むんだろう。思い込んだ挙句病むんだろう。
頼まれてこそないものの、推しのファンでいて恥ずかしくないように身なりにもそこそこ気を使って、高くないチケット買って、確保できないチケットに苦しめられ、ほぼ毎日のように公演を観て、長々と手紙書いて、時には遠征して、自分の洋服には割かないような値段のプレゼント買って、そして口から出る言葉は推しの中で私の存在価値はない。

 

私が若手俳優なら絶対うれしいと思う。自分のために時間もお金も使って劇場まで来てくれて、自分のためだけに綴った言葉が詰まった手紙を読む。冷静に考えれば絶対うれしい。その辺のあ◯しーず着てるファンよりは絶対うれしい。なのにめんどくさいファンだと思われないか、重いファンだと思われないか、そう思っちゃうのがおたくの性なのかなぁ。

 

存在価値があるって確認できる瞬間っていつなんだろう。舞台やイベントやSNS推しがファンに向けてありがとうって発信した時?あげたプレゼントを着てくれた時?リプ返してくれた時?接触でいつもありがとうって言われた時?個人的にはカーテンコールで個の存在を把握してもらえる瞬間だけ自分の存在価値を実感できる瞬間なのかも知れない。まぁそれも勘違いって一言で片付けられる話だけど。

 

そもそも自己満足の趣味でただのファンに推しからの存在価値を求めること自体が間違ってるか。そして最初の話題に戻る、無限ループって怖いね。

 

 

私がファンでいて嬉しかったですか?

 

なんて聞けない。
でも次◯年ぶりに一対一の接触があったら

 

私の応援って少しでも力になってましたか

 

って聞いてもいいですか?